親の家を片付ける④~災害時には役立つかも?で、捨てられない

嫁の気持ち、姑の気持ち

能登半島地震で孤立する被災地では停電が続いて水、食料などあらゆる物資が不足していると繰り返し報道されている。
道路が寸断されて被災地まで辿り着けないことが何ともはがゆい。

日本中いつどこで大きな地震が起こるか分からないし、私が暮らす東海エリアでは南海トラフ地震が高い確率で起こると言われている。
広範囲に被害が及んで、未曾有の災害になると予測されていて気持ちが塞ぐ・・・

ここは津波の心配はない場所だけれど、昭和40年代に造成工事が行われた土地で辺りの道路の舗装は古いから、孤立の心配があるかも。

何日か前の新聞に非常用持ち出し袋に入れておくもの一覧がイラストつきで掲載されていた。とても分かり易い。
水や食べ物の買い置きはマストだと今回の地震でもよく分かった。
でも、今ウチには何の用意もありません・・・(^^;

何年か前までは備えをしていたけれど、期限が切れる頃に乾パンやリッツをモソモソと食べるのがイヤになって、東日本大震災の記憶も薄れていく中、なし崩し的に補充をしなくなっていった・・・
でもやっぱりそれじゃ、ダメ。缶詰とか日持ちのするお菓子やレトルト食品は買っておこう!

今は被災地への物資輸送が最優先。
企業からの支援も始まったようで、必要なものが早く行き渡ることを願っています。

新聞記事を眺めながらふと、思った。
親が亡くなって空き家になっている夫の実家には、災害の時に役立ちそうなものが意外とあるかも。
懐中電灯、電池の買い置きも潤沢。一か所に収納されていなくて、キッチン、寝室、居間、玄関、色々なところから未開封の電池が出てくる(^^;
確かラジオもあった。バンドエイドや消毒液もある。
押し入れには毛布や布団類の山。
座布団は全部でどれだけあるかしらん。
二階の押し入れにも詰め込まれていたから、たくさんあることは間違いない。
避難所や集会所で使えるのではと思う。
石油ストーブも二つある。
やかんをのせておけば、お湯が沸かせるし、停電で暖房器具が使えない中ではとても重宝するハズ。
もう、大方処分してしまったけれど空のペットボトルは給水車から水を分けてもらうのに役立つし、冬場なら温かいものを飲みたいから魔法瓶も重宝すると思う。
電気ポットじゃない、イマドキのスリムタイプでもない、昭和の時代の大容量の魔法瓶が私の知る限り二つはある。

全て使い古しのもので、ホコリをかぶっているものもあるから、人さまに差し上げる様な代物ではないけれど、非常時に自分で使うのならコレで十分。
おや?すると何もかもが不用品とは思えなくなって、処分することへのためらいが生まれてくる(^^;

姑の口癖
「何かの時に使えるからと思って取ってあるの」
というコトバがここにきて蘇る。

「そんなの使わないって。新しいもの買えばいい。ため込み過ぎ~」
って私はいつも内心思っていた。
けれど、全捨てしよう!という意気込みはこの地震でちょっと失われた

「何かの時に使える」という姑の胸の内には、自分が使うに限らず、いつか嫁の私や孫たちの役に立ったら嬉しいという期待が込められていたと思う。私たちのためにと、取っておいてくれたものがたくさん残されていて、それはちょっと(かなり)迷惑なことでもあるけれど、もし被災して姑が使っていた石油ストーブで暖をとり、お湯を沸かしたり、お餅を焼いたりする日が現実となってしまったら、その時どれ程有難く思うだろう・・・などと考えてしまう。停電になるような被害が出ないにこしたことはないけれど・・・(^^;


地震の報道を見ることで、被災者に共感し過ぎて感情を強く動かされ、精神的に疲弊してしまうことを「共感疲労」と言うそうで今朝の新聞に記事が載っていた。あぁ、コレコレ。私もそうだわ。不安にかられたり、気持ちが沈んだり、やる気がでないことは確かに多い。
自分に穏やかな日常があることにも、楽しむことにも時に罪悪感さえ抱くけれど、そこから生まれるものって何もない。
不自由な日々を送っておられる被災地の方々の生活が、早く改善していきますように。

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読んでくださりありがとうございます(^^)/

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