前回ブログでイマドキは「二世帯住宅」より、自由気ままな「お一人様の老後」に憧れる高齢者が多いという記事を書いた。
「二世帯住宅」、そう書き綴るだけで未だに私は心臓がドキドキする。ホント(^^;
「二世帯住宅」は、義父母にとっては私の夫が早く亡くなったことで、それは叶わぬ夢となったのだが、20年以上経った今も尚、私の心には「二世帯住宅」というコトバそのものがトラウマとなって残り続けているからだ(笑)
夫と結婚した今から25年以上前、義父が所有していた家をリフォームして貰いそこで私たち夫婦二人の新婚生活は始まった。昭和40年代に建った平屋建ての古い家だったからリフォームしたといっても素敵感、オシャレ感はゼロな上、水回りなど色々と不自由の多い家ではあった。が、一先ず結婚していきなり義父母との同居生活だけは免れた。
私は幼少期から母が父の両親である舅、姑との同居で苦労してきたのを見て育ったので、結婚して相手の親と同居することに良いイメージが全くなかった。同居は不幸の始まり、精神的に疲弊するから絶対嫌だと思っていた。
それなのに、いずれは二世帯住宅に建て替えて同居する。
という暗黙のルールが義父、義母、夫の間では出来上がっていた。義父母は長男夫婦と同居するのが当たり前という考え方で、同居に執着している感じさえあった。
夫は親思いの優しい人だったし、義父は超ワンマンタイプ。何でも自分の思った通りに事を進める強さがあって、嫁の私が口出しできるわけもなかった。
結婚する前義母からは「どうせそのうち二世帯住宅にするんだから、その時はクローゼットをつくるでしょう?大きいタンスなんかいらなくなるんだから、家具は何も持ってこない方がいい」と言われ、夢も希望もなくショックを受けた。
それからも「二世帯住宅」というコトバは義父母からは頻繁に出て、その度私は怯えていた(笑)
新築の立派な素敵な家であろうと「二世帯住宅」に憧れる気持ちは全然なく、気楽に生活できることの方が私には遥に重要だった。
夫が早く亡くなって、「二世帯住宅」が建つことも義父母と同居することも結局なく、私にとっては幻となった「二世帯住宅」だが、その中は一体どんなふうなのかしら?と今でもちょっと気にかかる(笑)
よく通る道に立派な二世帯住宅があるが、そのお宅は玄関ドアが二つ並んでいる。玄関から別ってことは、当然キッチンもお風呂も何もかも別よね・・・と想像したりする。うふふ。
ここのお嫁さんは結構自由を勝ち得たのね、と一層想像が逞しくなる(笑)
設計の打ち合わせ段階からもう気疲れしそうだ。
本当はどういう間取りにしたいのか、希望を伝えるところで遠慮したら負け!最初が肝心。
けれど予算が絡んでくるからお風呂はやっぱり一つにするしかないわね、狭くなっちゃうしね、などというシビアな現実を突きつけられるのだろう・・・(-_-;)
ウチの場合だと義父は強引なところがあったから、「好きなように決めや~よ」などと言うわりには
「一緒に住むのにそんなに別にして、金ばっかりかかってたわけらしい」となったに違いない。
あぁ、とうに幻となったのにいまだにいくらでも展開が想像できる・・・(^^;
「二世帯住宅」、お嫁さんがしっかりフルで働いて孫の世話は親世代がフォローする、やがて親のどちらかは亡くなって、さらに残る一人にも介護の必要性がでてきた場合でも何かと安心、とメリットは双方にちゃんとあるんだろうけど、どの家族にとってもそんな理想的な約束された未来が待っているとは限らない。
途中、様々な事情で、つまり、どうにも折り合いが悪くなって同居を諦め、その家を手放そうとしても「二世帯住宅」は一般の住宅とは違って売却するのはかなり難しいらしい。
そもそも需要が少ない上に、程よい共有スペースのイメージというのはやはり家族によって異なるから中古物件は売れ辛いのだろう。
結果なかなか売却できない「二世帯住宅」と修復できない関係性だけが残る。
うわぁっ、経済的にも精神的にも惨い・・・
そうはならないように「二世帯住宅」に限らず同居するなら
お互いが、気を遣い過ぎない、良く思われようと頑張り過ぎないことが大事なんだろうと思う。そして違う価値観を持つ相手を尊重し、適度な距離感を保つこと。
ま、それがなかなかできないから皆、嫁、姑問題で苦労するんだけどね~私も全然ダメでしたわ~次回に続く♪
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いつも長文になりがちですみません・・・少しコンパクトにしていくつもりです(^^)/