10年前に亡くなった舅は「とても面倒見が良い人」だった。
言い方を変えると「世話焼き」、いや「おせっかい」と言った方が正しい。
悪気はない。
だがその「おせっかい」のレベルは、嫁である私の想像をはるかに超えていた。
結婚して嫁にきたばかりの頃は本当に面食らうことばかりだった。
言い出したらキリがないが、中でも「毎年のタイヤ交換」には本当に辟易した。
結婚して初めて冬が来る頃に舅から「冬用のタイヤは持っとる?」と聞かれた。
当時私は軽自動車に乗っていたが、それ迄冬用のタイヤに交換をしたことはなかった。舅に冬用のタイヤを持っていないと言うと
「ほんなら俺が全部やっちゃる!」
と言われた。
「全部やっちゃる!」の意味がどこまでのことかは私には分からなかったが
1週間ほど経って舅が朝早く家に来た。
「車貸して。今日冬用タイヤに交換して貰ってくるで。これ乗りゃあいいでな」
と自分のクラウンを置いて私の軽自動車に乗って行ってしまった。
舅は地元で自営業を営んでおり、従業員二人か三人の小さな会社ではあったが何でも自分の思った通りにやるワンマン社長だった。その仕事の関わりで自動車整備などをする車屋さんと付き合いがあって、そこで私の車の冬用タイヤを買ったから交換に持って行ってくれると言うのだ・・・・はぁ、すみません~ありがとうございますぅ(^^;
嫁の車のことまで気にかけてくれて何とも有難いとも思えるが、このタイヤ交換の一件はそれから先10年以上、正確には13年程にわたり毎年私を困らせることになった。
本当ならそれ以降は自分で近くのガソリンスタンドにでも行って、タイヤ交換をすればそれで済むのだが、舅はその車屋さんに私の車のタイヤを預けてしまった!
自分の車のタイヤも会社の車のタイヤも
「全部預かってもらっとるで、一緒に置いてもらっときゃあええ」と言うのだ。因みにその車屋さんは舅の会社からはほど近いが、家からは車で小一時間かかるような場所にあった。
ええええ~っ?(>_<)
それ以降、年二回のタイヤ交換は毎度舅にやって貰うことになってしまったのだ・・・
舅は仕事の途中で車屋さんに行ってくれるので、いつまた家に私の車を戻しに来てくれるかは分からない。
「これ、乗りゃあいいでな」とクラウンを置いて行かれても、大きい車の運転には不慣れだし留守にして舅とすれ違ってしまうと迷惑をかけることになるのでじっと家にいるしかない。
結婚当初は携帯電話もない時代で本当に不便だった。
因みに車がないと買い物一つ行けない不自由な土地柄(^^;
そもそもの日程もいつも突然なのでその季節、冬の初めと春になる頃は今日か明日かとなんとなくいつもびくびくしていた(笑)
おまけに、舅には不思議な拘りがあり、その車屋さんの中でもタイヤ交換を頼めるのは決まってこの人!という縛りがあったから、ノーマルタイヤに戻すのはもうゴールデンウィーク頃になってしまう年もあった(笑)
「もうタイヤ交換くらい自分で行くわ!」と何度も何度も何度も何度も思った。
自由にやらせてくれ!放っておいてくれ!という感じだった。
「その車屋さんまで自分で行きます。お義父さんも仕事で忙しいでしょうから」と超やんわり言ったこともあるのだが
「そんなことせんでええ、俺が全部やっちゃるで!」
の一点張りで長~~~いこと聞く耳持たずであった。
だから、ずうっと我慢した(-_-;)
全部やってもらって我慢とは何事だ、とも思う。でも、
「自分の思うように、自分の好きなタイミングで、自分の都合に合わせてやるのが、あったりまえだわあっっっっ!」と腹の底から叫びたかった。
結局そんなふうにはとても言えなかったが、13年か14年間我慢した後
新しい車を買うタイミングが来て、ようやく私は切り出した。
「タイヤ交換は自分でやります。今までお世話になり本当にありがとうございました」
この頃には舅も70代後半になり、ようやくワンマンぶりも収まってきていたから言えたと思う。
あぁ、スッキリした・・・(^^
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最後まで読んでくださり、ありがとうございました(^^)/