舅・姑の「アポなし訪問」~傾向と対策とは⁉

嫁の気持ち、姑の気持ち

何の連絡もなしに、突然夫の両親に訪ねて来られて、「まぁ!嬉しい!」「どうぞ上がってください!」と心から言える嫁はこの世にいるのだろうか・・・(^^;

「嬉しい!」と思えないまでも、「あぁ、何?どうした?」くらいのテンションで、平常心で迎えられるなら、それは十分に良い関係だと思う。

要は、「ウェルカム感」はないにしても、特別イヤでもないってくらい。
「べつに、どうってことない・・・」と思えるくらいが本当は理想的だと思う。

来る方も、迎える方も自然で気を使わない楽な関係。

私もそうなりたかった・・・(^^;
そんな理想的な関係を築けている人の割合はどのくらいなのかしら。
全体の20%くらい?なんじゃないかと勝手に推測(笑)・・・多いかな?

以前にも書いたように、夫と結婚してからの新居が元々は舅の家だったという事情があったので、舅・姑は、限りなく自由に、思いつくままに、当たり前のように、好きなだけ「アポなし訪問」を繰り返していた(^^;
それでも嫁への気遣いはあったのだろうが、あまり感じ取れなかった(笑)

私は、性格上きちんとしなければ、と妙に構えてしまうタイプで、毎度勝手に緊張し、気疲れして自滅するタイプだったので、この「アポなし訪問」に慣れることは最後までなかった。

最低でも週1回、毎週土曜日の午後には必ず来ていたが、そもそも、何のためにそんなに頻繁に来るのか、思い返すと3つの理由があったと思う(笑)

何よりまずは、孫の顔見たさ。孫に会いたい一心。
孫(私の息子)が赤ちゃんの頃はしょっちゅう様子を見に来た。
やがて3歳くらいになると、迎えに来て舅の家へ連れて行くこともあったし、公園や川に魚釣りに連れていってくれたりもした。これは、子育て中のママには息抜きとなって正直有難い話。

次に食品のお届け(笑)・・・生協じゃない(^^;
家に来るたび姑からは、毎度おなじみの食品が手渡された。
卵、エノキ茸、リンゴの3点セット。
いつの間にか、このセットを届けに来ることはルーティンワークとなっていた。
もちろん、私が頼んだわけではない。
これは、必ず使うものだから邪魔にはならないでしょう、という姑の心使いだったと思うが、毎週必ず貰えるので、リンゴの顔など見たくない、という心境になっていった(笑)
他にも、姑がお取り寄せしている、お茶や味噌、ハチミツ、お米、お中元やお歳暮のおすそ分け、手作りのジュースとか庭で生った柿など今、思い出すと本当に色々なものを持ってきてくれた。
もちろん食費は助かるし有難い、ことではあった。うん。

あとは季節行事に関わる用事。
例えば、息子が小学校を卒業するまでは、鯉のぼりを上げることを舅は進んでやってくれた。
庭に杭を打って鯉のぼりを上げ、当然片付ける時にもまた来る。
以前にも書いた私の車の冬用タイヤへの交換や、孫の誕生日プレゼントや、サンタさんが持ってくるクリスマスプレゼントまで用意してくれた。夏には水遊びできるようにとビニールプールも買ってくれたなぁ。
え?そんなことくらい、自分でやるし、自分で買うけど・・・
と思うことまで、舅は何から何まで「俺がやっちゃる」そして孫のために「俺が買っちゃらないかん」と考える人だった。そして本当にそうしないと気が済まないようだった。
これも有難いといえば、有難いデス・・・(^^;

何かを届けたいのと、孫に会いたいという気持ちは誰しも同じようなものだと思う。

ただ舅、姑の気持ちの根底には、
「別に暮らしているというだけで、家族なんだから、いつだって会うことは当たり前だし、生活に関わることを全面的にサポートすることも当たり前
という気持ちがあったのだと思う。これは過干渉が過ぎるが、純粋に親の愛ともいえる。

でも「親子といえども、結婚したんだからもう別世帯」という感覚がそもそもなかったんだなぁ、と今振り返ると思う。
嫁としては、有難いこと多数とはいえ、それには違和感があった。何かをしてもらうことで「自由」が失われていくような気持ちにもなった。コレ、結構辛いのよ。

愛は受け取るだけだと、次第に重く感じてしまう。
本来は「受け取る、そして与える」
循環させるから、愛はなくならないし、また受け取れるのだと思う。ホントはね。

「アポなし訪問」、長くなるので「その対策」については、また次回に~(笑)

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