夫が亡くなり半年が経った夏、市民講座・受講生募集の記事を見て、私は子供の頃憧れたバレエを習い始めた。
場所は市の公共施設の広いホールで、鏡もバーもなくて折り畳みの椅子がバーの代わりだった。真夏のことでTシャツとジャージで参加した。他の人も皆そんな感じで気楽に始められるのが良いと思っていたので、まずはその環境にほっとした。
バレエシューズだけはサイズに合ったものを、事前に先生が注文しておいてくださった。
さて、肝心のバレエは予想どうりさっぱり出来なかった。
内容は大人の初心者向けとは言うものの、まず決まった足のポジションで真っ直ぐに立つということさえ難しい。動きの順番を聞いて頭では分かったとしても身体は思うようには動かない。
力が入って肩は上がるし、膝を伸ばすべき所では曲がり、しっかり曲げる所では、突っ張って曲がらないといった具合で、何一つ言われた通りに出来る事はなかった。
1クールは10回程の講座で、その10回が終わる頃にまた次の講座を申し込む仕組みになっていた。けれど私はあまりのできなさに、続けるかこれきりにしようかと迷う程だった。
「もう少し、やってみたら?」ふと、夫の声が聞こえたような気がした。
夫がいたら、きっとそう言うだろうな、と思う気持ちの表れだったのだろうが、夫の死後暫くはその様な事は度々あった。
それで、もう少し続けてみようという気持ちになった。
3か月程が経ち1クールが終わる頃になってようやく、最初のストレッチだけはリラックスできて良いなぁ・・・と感じるようになっていた。身体は硬くても綺麗なバレエの音楽に合わせて体を伸ばすのは心地よかった。
そして一緒に習っている皆さんと顔見知りになるにつれ、少しづつ雑談もするようになって初めは周りを見る余裕すらなかったが、できないのは自分だけではなく、できなくても恥ずかしくない、と思うようになっていた。
そして何より、先生のお手本は素晴らしく美しく、うっとりと見ているだけで目の保養になって、こんなにも間近でバレエを見られることがそれだけで嬉しかった。
こうして、私はバレエを続けることに決めた。
バレエに限らず、体を動かすことで自ずと気持ちも動く、と思う。
何かしら気がかりな事や心配事があったとしても、レッスンに集中していると終わる頃にはその心にあったモヤモヤが、いつの間にかどこかに行ってしまうということは良くある。
それ程考えるようなことでもなかった、と気づけたり、自分自身の考え方が変わっていることさえある。
身体を動かすということは、とりもなおさず心を動かすことで、バレエは当時疲弊していた私の身体にも心にも良く効いた。
そうしてレッスン後には気持ちが明るくなり、半年が過ぎる頃には出来ないながらも音楽に合わせて踊ることを楽しいと感じるようになった。
忙しい時でもちょっと身体がどこか痛いような時でも何をおしてでもレッスンに行きたいと思うようになっていた。
こうしてバレエは、私の生活の彩りとなり、今も変わらずいつも日常にある。