息子が一人暮らしを始めたことで、同時に私もお一人様の暮らしがスタートしました。
日がな一日「寂しい」と思っているわけではないけれど
ふとした時に突然寂しさに襲われる・・・(^^;
胸の奥のあたりが、すやーっとする感じ。
え?そんなことナイ?コレって私だけなの?(笑)
例えば、シゴトが終わって
「よし!さぁ、ウチに帰ろう!」とテンションが上がって一瞬気持ちが上向きになるけれど、
「あぁ、ウチには誰もいないんだ、誰も帰ってこないんだ・・・」
と思うと一気にしょんぼりして帰り道にスーパーに寄る気力を失う。
ウチに帰って・・・で、それでナニするの?と自分に突っ込みを入れるしかない(笑)
今のところ帰宅後のお楽しみは録画した朝ドラを観ることで、それに支えられて働いています。わずか15分の朝ドラの役割が大き過ぎる・・・(^^;
かつては食事の支度や家事、習い事の送迎と夕方から夜は忙しい時間帯だったし、ワンコがいたから、帰ったら何はさておきワンコとお散歩だった。
これ迄とのギャップが凄くて、どうにも手持無沙汰で馴染めない(^^;
朝、目が覚めた時
あぁ、ひとりだな
と思う。
「絶起」ってコトバはホントはこーゆー時に使うんじゃないの?
何年か前に流行った若者コトバ、絶望的な起床ってヤツね(^^;
幼い子供のいる母親は、朝はまず子供の体調を気にかけることが習慣だと思う。
今日も元気に学校に行けそうか。
朝ごはんは食べたか、忘れ物はないか、時間は間に合うか、雨は降りださないかと子供を送り出すまであれこれと気にかかる。
ランドセルを背負った後ろ姿が見えなくなる迄、玄関先で見送っていたっけ。
長いこと、私もそういう慌ただしく子供中心の朝を過ごしてきた。
今はこれまでの朝とはまるで違う。
淡々とただ自分の支度と必要な家事だけをする。洗濯もゴミの量も減って申し訳程度の家事になりました。
子育てに終わりがあるのは当たり前のことなのに、いつも目の前のことに夢中で精一杯でいつか終わる時のことなんて考えもしなかった。
一つ一つのことにちゃんと終わりがあったのに、それに気づきもせず通り過ぎてきた。
例えば、最後に眠る前の絵本を読み聞かせてあげたのはいつの日のことだったろう。
とか、
最後にパジャマのボタンをとめてあげたのは、保育園の頃?それとも小学生になっていた?
とか、
歯磨きの仕上げ磨きはいつまでしていただろう。
その一つ一つに、「終わり」はあったはずなのに、当時は成長して、できるようになっていくことを喜ぶ気持ちの方が強くて気にも留めなかった。
今となってはどれも愛おしい思い出。
ん?私ちょっとキモい?(笑)
20年以上続けている唯一の趣味バレエ、場所は市内の公民館。
メンバーも皆、気心が知れていて私にはホッとできる大切な居場所。
今日は人生のセンパイのお姉さま方からアドバイスをいただいた。
「時々会いに行ったり、お掃除に行ってあげたりすればいいんじゃない?
結婚するとまた変わるけれど、その時々で良い関わり方ができるから大丈夫よー。
ついて行こうとしちゃダメよ。息子命じゃダメ!すぐ、もう、すぐに一人に慣れるから。自由に遊んじゃえばいいんだって!小説、書いてよ」
と・・・(^^;
少し年上のお姉さま方から言われることは不思議と素直に聞けて沁みる。
ふーん、なるほど、そういうものかと。
同世代の友人とは、
「うん、その気持ち分かる!そうそう、私も!」と共感し合えるけれど、よく似た人生のステージにいるので先の展開までは見通せない。
ハイ、気楽にいきませう(笑)
とりあえず、今のところ私の課題は
ちゃんと食べること。
買い物もサボりがち。
ま、いっか、あるもので。テキトーで。
と思いがち。
これが続くと、身体にもココロにも栄養が行き届かなくて良いコトナシ。
今夜は冷凍庫で深い眠りについていた鯛のアラで鯛めしを作りませう。
グリルで焼いて、炊飯器で炊くだけですがとっても美味しいんですの。うふふふふ。
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